切り絵調の表紙がさわやかにカワイイ第7巻。 ヒトが景色を見て美しいと思い、感動さえするのはなぜなのだろう、とずっと不思議だった。とりわけ山岳、それも急峻な雪山こそが最も、かぎりなく美しく感じられるのはなぜなのか。その感覚に、いったいどんな究極要因が、すなわち進化的ベネフィットがあるのか。景色の美しさに茫然とする感性に繁殖成功度を向上させる要素なんかあるだろうか。むしろ逆な気さえするのだが。 ともあれ、山は美しい。たとえ、つい数時間前にすれちがったばかりの人びとが、そこで無残な焼死体となっているのを見出さねばならないとしても。この巻では、そんな直球勝負の話が心に残った。 |
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はっしー様、お元気そう(?)で良かったです(少なくともちゃんと生きているということで)。
さて、いただいたコメントに、あえて学問的な話をつないでおくと、僕が書いた「なぜ」は「理由」じゃないんです。「原因」、因果関係が問題なんです。つまりこれは科学の問いであるということ。理由っていうのは何であれヒトがつくるもので、何かに理由があるとか無いとかはヒトが決めることなのは確かです。でも、理由があろうがなかろうが、因果関係という意味での「なぜ?」という問いは残りうる。 なぜ雪山があれほど美しいのか。それは、なぜ特定の音波の連なりがヒトを泣かせたり酔わせたりするのか、つまり音楽があるということそのもの(文化的差異なんていうチンケなことじゃなく)とか、なぜおいしいご馳走とマズイ食べ物があるのか(味覚)といったことと同じように、僕にはとても不思議で、悄然とするしかないような事実なのです。まさに、人間的な「理由」なんかでは及びもつかないからこそ。 でも、もちろん、そんな風に「科学的」な「原因」を追い求めてしまうということ自体に、「理由」すなわち意味づけへの欲望という人間的な病いがつねに忍び込んでいる、ということも否定できないのでしょう。 ともかく、今年はまず高尾〜陣馬縦走から鍛えて、日本アルプスへの復帰をめざします! こんにちは。はっしー@夏でも山スキーのビデオを見て
涙ぐんでます、です。いかがおすごしですか? 雪山を美しく感じる理由なんて考えたこともありませんでした。 あらゆるものごとできごとについて、そもそも「理由」などないという事を 教えてくれる存在が山のような気さえしています。 日常さまざまに理由を求めてしまいがちな私の甘ったれた心に カツをいれてくれる山を、もはや好きも嫌いもありません。 不可欠なものとしかいいようがありません。 師匠、今年こそスキーにのって険しい山々の風を切り裂きましょう!! |
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