動物解放論を主軸とする倫理学入門書。著者ならではのざっくばらんかつ正確な文体で、倫理学のほぼ全分野を網羅的に解説している。背景知識なしに読んでいけるという意味でも、目配りのよさや文献案内の充実度からしても、現時点ではちょっと他の追随をゆるさない再考の「入門書」だろう。とはいえメタ倫理学のけっこうややこしい議論もきちんと紹介しているし、歯ごたえも十分にある。 多くを学ばせてもらったが、非同一性問題/存在先行説のところは腑に落ちない点も残った。
だが、ここで「比較」と書かれている作業において行われているのは、ほんとうのところ何なのだろうか。功利主義が、相異なる二人の主体(AとB)の幸福の度合いを比較できると前提する場合は、AあるいはBいずれかの主観性において比較するわけではない。しかし、存在先行説において問題となる「比較」とは、第一に、AとBとの比較をAという主観の内部から行うという意味で客観的な比較ではなく、第二に(こちらの方が根本的な問題なのだが)、Aから見て比較対象であるBという主体または主体の状態の存在性格がはっきりしない(というか、存在していないのに自己の状態について判断する存在者というのは矛盾であり、したがってそんなものは存在ではない)。だから「生まれてきてよかった」あるいは「生まれない方がよかった」という型の判断を、功利計算と同列にみなすことはできない。 「そうは言っても、われわれは実際にそういう比較をしているんだから」というのも、あまり説得力がない。このあたりは色々ややこしいところだが、ひとつだけ言うと、少なくとも、日常言語で比較として通るのだから比較できているんだというのは、そのままでは通らないだろう。「自分が生まれなかった場合のことなんかわかるわけないじゃん」という言い返しもまた、日常言語のレベルでもそれほど難解ではなく、そのような比較は意味をなさないということを他人に納得させることは、それなりの合理性を備えた相手であれば十分に可能なのだから(そういうことを言うと嫌われる、ということはあるだろうが)。 という風に、「え、それでは話は終わらないんじゃないの?」という箇所はいくつもあるのだが、そういう読者の反応もまた著者の術中にはまっているだけなのかもしれない。とにかくすいすい快適に読めるので、現代英米の倫理学について一通り知りたい、今後の勉強の土台となる最低限の見通しを得たいという読者には、非常にお薦めできる。 |
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